※令和八年熊本地震が発生しましたので、当初より一部内容を変更しております。
この度の熊本地震にて被害に遭われました方々には心よりお見舞い申し上げます。
現在、熊本教区では教務所及び教区内寺院がそれぞれ協力し合って被災地の支援を行っております。
私は発災時、愛知県の分院・一心庵に居ましたが地震の報を聞き、すぐに出来る限りの飲料水を車に積み込んで
坊守と熊本に向かいました。
お寺は、古いお墓の竿石が二基倒れていたのと、本堂のご本尊が後ろに傾いていただけで済みましたが、皆さま
のところは大丈夫でしたでしょうか?
八代市におられるご門徒様にもやっと連絡が付き、無事が確認出来ましたが、善教寺すぐ近くのいつもお世話に
なっているお寺さんのご門徒様が、嘉島のイオンモール爆発事故でお亡くなりになられました。
また本日も被災地で車中泊をされていた方が熱中症でお亡くなりになられた、とのニュースを見て本当に心が
傷みます。
どうやら、車中泊中にガソリンが切れたそうです。
熊本市内もガソリンスタンドは給油待ち大渋滞でした。
地元の方々に加え、全国から支援や視察の為に車両が集まりますから、これでは地元の方々…特に車中泊を
されている方々の給油が困難になってしまいます。
命に直結しますからね。
私は過去の災害支援の経験からこれを知っていましたので熊本の外で満タンに給油して熊本入りしましたが
災害が発生する度にこの問題は発生します。
また、疎開避難が出来るのであればまだ良いのですが、被災された皆さまは自宅や職場の片付けなどがあります
のでそれもなかなか難しいかと思います。
現地は所々電気、水道が少しずつ復旧しているようですが、まだまだこれからです。
善教寺も今後出来る限りの支援をしていきたいと考えています。
さて、今月の法語です。
過去にも何度か触れて来ておりますが、「他力本願」の正しい意味。
現在では他力本願と聞くと、他人任せにすることのような、あまり良くない意味で使われています。
なぜそうなったのかというと、本来の他力本願の意味を知らず、「他力=他人の力」「本願=自分の願い、
都合」と文字だけで理解してしまった結果、その間違った理解がマスコミや政治家の発言など発信力の強い人達
の発言や表現が世間にそのまま誤まった意味で広まってしまった為と言われています。
私は24歳で起業し、不動産業を中心にバリバリ働いていました。
不動産業は主に「売買業務」と「仲介業務」があります。
売買業務は、自らが不動産物件を購入し、それに利益を乗せて他に売ることです。
不動産物件は高額ですので、その利益も大きく魅力的ですがその分資本も必要になります。
不動産物件を購入する際にその資金が必要で何千万円、または億単位の購入資金を用意しないといけません。
大抵は銀行融資に頼るのですが、お金を借りれば利息も支払わないといけません。
その物件もすぐに売却できれば良いのですが、なかなか売れずに何年も経過すると大変な利息支払いになり
ます。利益どころの話ではなくなります。
売れないのですから、当然値引きして売るしかなく、それすらも叶わない場合は買った時よりもかなり安い
金額で販売しなければなりません。
掛かった経費も莫大ですから、大きなリスクもあります。
仲介業務は、自分では物件を買ったり売ったりしません。
その代わり、売り手と買い手を繋ぐ…仲介人として契約を成立させるのが仕事です。
仲介手数料というものが主な利益。
手数料は法で決められていますので自分で勝手に手数料の額を決めることは出来ませんが、その分リスクもあり
ません。
その為世間の多くの不動産屋さんはこの仲介業をしている人が多いです。
私も主に仲介業務をしていました…(「いました」という過去形の表現なのは、現在は僧侶としての仕事と航空
業が忙しくて長年不動産業務から離れていましたので不動産業の免許を返納したからです)
で、普通に不動産の売主、買主さんの仲立ちをして不動産売買契約を締結し、その仲介手数料を頂くのを生業と
していました。
私は大工経験がありましたので、中古住宅の販売の際にはその物件の良いところ、悪いところ、後々出てくる
欠陥箇所などを見つけてそれぞれ売主さん、買主さんに提案し、値段の交渉やリフォームの助言などもしていま
したので、そこそこ多く売買契約を締結させて頂きました。
中には「この物件を買いたい!」という買主さんに、「いや、この物件はやめた方が良いです。後々大きくお金
が掛かります。なので買わないで下さい」と、あえて売らなかったことも多々ありました。
不思議なもので「買うな」と言われると余計に欲しくなるものなんですね。
「どうしても書いたいんです」と懇願されても「いや、リフォームしても他の欠陥がどんどん出てきて、最後は
建て替えしないといけないことになります。それだったら最初から新築を買われた方がいいです」と丁寧に説明
し、私には何の利益にもならない、近所に建売物件を売っている業者さんを紹介したこともあります。
私が間に入ると仲介手数料が発生しますから…
でもこれまた不思議で、皆さん直接その業者さんには行かず「西守さんに仲介してほしい」と言われます。
別にそれを狙うほどの知識もセールステクニックも持っていませんでしたが、ただひたすらに誠実に、正直に
という姿勢だけは崩しませんでした。
そんなことをしながら段々仕事も覚え、高額物件の販売依頼なども頂くようになりました。
とある日、業界では有名な売れ残り物件の販売依頼の話が舞い込みました。
この物件、なかなか曲者で道路も狭く土地も高低差があり、土木工事も必要です。
とてもすぐには建物が建てられる物件ではありません。
元々高めの値段設定でもありました…いわゆる売れ残り物件です。
しかし、今までに掛かった経費などを回収したいのか、相場価格と販売希望価格が見合いません。
売主は地元の不動産屋さんです。
なので私はその社長さんに「せめて土木工事をするか、先行投資が出来ないのなら掛かるであろう金額を最初
から差し引いた金額で販売した方が良いですよ。今まで売れなかった物件が急に売れることはないです。
これ以上傷口を広げないためにも冷静にお考えください」と何度も説得しました。
「いや、西守君なら何とか売ってくれるだろう?」と言われましたが、私は魔法使いではありません。
しばらくして、売主の社長さんはやっとこの減額に応じてくれたので、すぐに売れました。
取引成立して最後に仲介手数料を頂くのですが「キミ等は他人のふんどしで相撲を取ってるじゃないか。
他力本願だろう?だったら仲介手数料は半額にしてくれよ」と売主の社長が言いだしました。
「何を言い出すんだろう…」と驚きましたが、結局値段を下げてすぐに売れたものですから、もっと高く売る
こともできたのでは?という欲が立ったんでしょうね。
それよりも、そこで「他力本願だろう?」と言われたのには腹が立ちました。
なぜなら約束を違えようとしている上に、売れ残って苦しんでいたのをやっと販売できたのに、少しでも損失を
補填しようと今度は私への支払いを渋る「あなたこそ他力本願だろう?」と思ったからです。
結局「プロの仕事を値切らないで下さい、社長!」と、まだ20代であった若造の私から諌められたその社長は
しかめっ面をして渋々小切手で満額仲介手数料を支払ってくれました。
他力本願。
その社長も、当時の私もそうであったように、他力本願とは、楽して自分の都合、希望をかなえること、の
ように理解し、誤用しています。
そもそも他力本願の他力とは「他人の力」ではありません。
私たち衆生、凡夫は仏さまになるにも、その修行をしません。
でもそれでは不安ですから正しい仏さまの教えも知らずに座禅をしてみたり、自分解釈での「善行」をしようと
無駄なことをしますよね。
これを親鸞聖人は「自力修行」と仰せになりました。
意味の無い自己満足の修行のようなまね事で「雑全(ざつぜん)」「雑行(ぞうぎょう)」とも言われます。
雑善、雑業は浄土往生、つまりお浄土で仏さまになって生まれることにはつながらないのです。
このような、何の意味も無い自力修行の「自力」に対しての対義語、「他力」なんです。
他力とは、阿弥陀如来のはたらき、大いなる慈悲の力を指します。
本願とは、すべての人を救おうとする(人を浄土に生まれさせ、仏にする)誓願のことです。
私たち衆生は六道という世界をずっと生き死に、生き死にを繰り返しながら輪廻してきました。
六道とは、地獄道、畜生道、餓鬼道、人間道、阿修羅道、天道の六つの世界。
いずれも苦しみ迷いながら死を恐れて生きる世界。
この六道輪廻というループから外れさせて、真なるやすらぎの世界、寿命の無い世界であるお浄土に生まれ
させるというのが本願=阿弥陀さまの願いなんです。
ですから、自力で仏さまになるための正しくも苦しい修行ができない私たちに代わって、大変な修行をされ
その修行で得られた功徳を私たち衆生に回し向けて下さる力こそが阿弥陀さまの「他力」です。
「どうか私の救いを信じて、浄土に生まれてほしい」と大いなる慈しみの心で願われているのが「本願」。
なので、私たちは他力本願に生きるべき身なのです。
しかし世の多くの方達はこの他力本願を全く逆の意味で理解し誤用されているのは、とても残念です。
言い換えれば、阿弥陀さまの救いにまだ出会えていない人達。
阿弥陀さまは「一切衆生を救う」と願われておられますので、我々念仏者もこうして他力本願の意味を、
阿弥陀さまの願いが多くの皆さまに届くお手伝いをさせて頂くのが生きる意味、使命なのだと思います。
まずは他力本願という言葉を誤用しないこと。
他力本願の尊くありがたい意味を理解すること。
そして、阿弥陀さまの願いと救いを信じ、他力本願に生きること。
これこそが、阿弥陀さまの願いに沿った命の生き方です。
そして、後生の一大事を解決して頂いた我が身ですから、この現世を生き抜く為にこの大変な時こそ、慈しみ
と思いやりを持ち、お互いに助け合ってこの困難を乗り越えたいです。
苦しく辛い時こそ人に頼るべきなんです!
「自助・互助・供助の心」…これを全世界に大きな声で響かせたいです。
まだまだ時間は掛かりますが、一日も早く被災地が復興し、熊本の方々に笑顔が戻る日を念願しつつ、お寺全壊
から再建までのノウハウを、知恵と勇気をたくさんの方々にお渡しして希望と目標を持ち続けて頂ければと切に
願っております。
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
善教寺 住職
本願寺派 布教使
釋 一 心(西守 騎世将)