皆さん、こんにちは。
今年は元日から能登半島地震が起こり、翌日には羽田空港で日本航空機と海上保安庁機が
滑走路上で衝突をするという前代未聞の事故が起こりました。

これらの災害、事故において物故されました方々には哀悼のまことをあらわし、また被災者
の方々には心からお見舞い申し上げます。

私もすぐに支援物資を届けようと準備に取り掛かり、寒さを防ぐヒートシート1千人分を
用意し、ヘリコプター3機でいつでも飛べるようにスタンバイしておりました。

これは、私が以前からヘリコプターを使用しての民間による災害支援を行ってきたことを
皆知っているからで、すぐに「西守さんが飛ぶのなら、いつでもウチのヘリ出すよ」と
たくさんの仲間が声をかけてくれるからです。

本当にありがたく、また頼もしいことです。
しかし、被災エリアは人命救助作業を優先させる為に民間機の乗り入れを制限し、入る
ことが出来ませんでした。

救助作業の際に僅かな物音を聞き逃さず要救助者の確認をするのに、上空の報道の
ヘリコプターなどの爆音がこれを邪魔するからです。

また、北陸はこの時期天候が悪いのもネックです。
小型機は外部を視認しながら飛行するのが基本ですので、雪や雨、雲によって視界が
遮られるとパイロットは水平感覚を失い、山に衝突するなど二次災害を引き起こす危険性が
あります。
結局即応する準備はしていたのですが、様々な要因で今回は緊急物資輸送が出来ません
でした。


しかしながら、被災地には報道が陸路で入っておりましたので、一部孤立地域を除いて
陸路はなんとか繋がっていることがわかり、今後は陸路による車両による支援物資を計画
しています。

最初は水や当座の緊急食料が必要になりますが、一週間を過ぎると野菜や肉などが必要に
なってきます。

更に、洗濯機や冷蔵庫なども避難所には必要になってきます。
これは、東日本大震災で発災後から約1ヶ月にわたって宮城県で災害支援を行ってきた
経験に基づきます。


この十数年、日本列島に起こる自然災害は極端になってきました。
震度7という地震なんて、この日本では起こるはずもない、などと勝手に思っていました。
政治家の皆さんは「安全安心の日本」と声高らかに言われますが、災害を人間が止められる
わけないですよ。

防災、とは言いますが、実際には災害は防ぐことは出来ず、安全な場所に避難するしか
無いんです。

ですから、安全安心なんて、この世にはどこにもありません。

私たち人間の歴史というのは、災害に打ちのめされ、そして立ち上がり、復興してまた自然の
猛威に負ける…その繰り返しである、といっても過言ではありません。

自然はとても雄大で美しく、また荘厳でもありますが、ある時突然、何の前触れもなく破壊を
始めます。

しかも人間や他の生き物の都合など全く関係なく、です。
そんな厳しい世界に生きていることを忘れ、平和、平穏が当たり前と考えるようになっている
のが私たちではないでしょうか。


当たり前が無くなると、人間は急に慌て出します。
普段は水道の蛇口をひねれば当たり前に水は出ますが、災害などでライフラインが破壊
されると、急激に不安を抱き、慌てます。

そして、今までの当たり前が実は、決して当たり前ではなかったのだと、やっと気付き始める
んですね。


そうやって打ちのめされながらも、心を奮い立たせ、互いに手を取り合って協力し、また
自分たちの世界を作り上げる。

これを復興と言っていますが、これはやがてまた破壊への始まりでもあるんですね。
そんな事を繰り返しながら終える命…そう考えてしまうと、人間の一生とはなんと
虚しいことか…
そう思えても不思議ではありません。

親鸞聖人は高僧和讃にて、不安を抱える私たちにこう仰せになられています。

本願力にあひぬれば
むなしくすぐるひとぞなき
功徳の宝海みちみちて
煩悩の濁水へだてなし

阿弥陀如来の「我にまかせよ、必ず救う」というご本願の力、つまり本願力に出遭えたのなら
虚しく人生を終えることは無い。

阿弥陀如来が全ての衆生を救う為に行った大変なご修業で得られた宝とも言える功徳が
海の水のようにこの世に満ち満ちているのだから、煩悩を抱えたままの私であっても
その願いが成就してお救いのはたらきが今まさにこの私に届いているのです、というみ教えです。

自分の人生、辛く大変なことが多い…そう思いませんか?
「なんで自分ばかり」と思いませんか?
それは、楽しいことが当たり前だと思う心があるからです。
そう考えるのは悪いことではありませんが、辛く大変な人生を生き抜いたその後に、
真の安らぎを与えられる世界、つまり次の命がちゃんと用意されている。

だからこそ、阿弥陀如来は「我にまかせよ、必ず救う」と私たちにお約束して下さって
いるんです。

こんなありがたいことはありません。
だって、煩悩まみれで何の努力もしない、したところですぐに挫折してやめてしまう私を
何の条件も付けずにお救い下さるのですから。

でも、命の親たる阿弥陀さまから見れば、辛く大変で迷い苦しむ世界を一生懸命生き抜く
わたしこそが、救いの目当てだったんです。

これでやっと迷い苦しみの命から抜け出て安らぎの命を与えられる。
だから今、この時からいつも「ありがとう」と素直に言える世界に自分自身を置いてみては
いかがでしょうか。

きっと景色が大きく変わることでしょう。

南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏

善教寺 住職
本願寺派 布教使

釋 一心(西守 騎世将)







 


 
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