さればそれほどの業を持ちける
身にてありけるを
たすけんとおぼしめしたちける
本願のかたじけなさよ

【歎異抄】( 註釈版聖典八五三頁)

皆さんこんにちは。
八月は本当に暑かったですし、残暑もまだまだ厳しいです。
お変わりはありませんでしょうか?

私は住職のお仕事の傍ら、航空機の操縦士をいう仕事をしておりますので、多少天気には
興味があります。
元来の夏の天気と言えば、太平洋高気圧(小笠原暖気団)という、温かく湿った空気が
南の太平洋からやってきて日本列島を覆います。
だから日本の夏は蒸し暑いのです。

ところがここ数年は気象変動のせいで、暑い(熱い)チベット高気圧という新参者が
西からやってきて、太平洋高気圧の上に乗っかるという珍事が起こっています。
西の大陸育ちのこの高気圧は、乾燥したところからやってくるので、猛烈に熱いんです。
それに、地球温暖化の影響で元々の太平洋高気圧も昔より暑くなってますから、そりゃ
暑いはずですね。
善教寺の一心庵では今年エアコン2台を入れ替えましたので、室内にいる時はおかげさまで
快適ですが、古い効きの悪いエアコンのままだったら…と思うとゾッとします。
そして、この暑さのせいで海水温も異常に高くなっています。
これはすなわち、台風の発生確率が高く、またその規模強度も今までにない強烈なもので
あることを物語っています。
どうか皆様避難は早めにされて下さい。
防災防災と言いますが、私は防災なんて出来ないと常々言っております。
なぜなら、自然の驚異に人間が勝てるわけないからです。
なので、あえて防災と言うのであれば、それはひとえに【即、逃げる】しかないのです。
新型コロナウイルス感染予防に加えて、これらの気象変動にも備えながら生きていかなければ
ならない時代であることをしっかりと認識しないと、生き抜いていくのは難しいでしょう。
こんな時代の変化、環境の変化を嘆くのではなく、どんな苦難でも苦境でも、強く明るく
生き抜いていけるからこそ、我々はこの世に生まれてきたのだと思います。

さて、今月も歎異抄からお言葉を頂きました。
実はこのお言葉は、先月の「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人
がためなりけり」のあとに続くお言葉で、先月のここでのお話にも少し触れさせて頂いて
おります。

「されば、それほどの業を持ちける身にてありけるを たすけんとおぼしめしたちける
本願のかたじけなさよ」とは、
“思えば、これほど罪深い身であるこの私を、たすけようと思い立って下さる本願のなんと
もったいないことでしょうか…”と、親鸞聖人はご門弟に向かって常々仰せになられていた
そうです。
これを受けて、歎異抄の著者であると言われております、親鸞聖人のご門弟の一人、惟円房
(ゆいえんぼう)という方は、このお言葉を受けて
「なんと誠にもったいない限りでございます。自分の罪の深さもわからないわたしを、
たすけようとして下さる阿弥陀さまのご恩の尊さすらもわからず、まだ迷い続ける我らに
思い知らせるために仰せになって下さったのです」と、聖人みずから御身にかけてのみ教えに
恐縮し、また感動もされているのです。

しかし、この親鸞聖人のお言葉は時を越えて、いまの私たちにも聞こえているのです。
そして「阿弥陀さまのお救いの手立ては、そんなこの私のためでした」ともお伝え下さって
います。
阿弥陀さまは、今を生きている一人ひとりを見て下さり、そして寄り添って下さっているの
です。
太陽の光が明るく全てを照らすように、阿弥陀さまのお救いの光は既にわたしに届いて
おります。
私がその光に気付いていないだけなのです。
しかも太陽の光は影を作りますが、阿弥陀さまのお救いの光は全てを照らし、そして影も
ありません。
そんな光に照らされて、隣に寄り添って頂きながらもまだ迷い続けるわたしがおります。

阿弥陀さまのお救いの対象であるわたしは、One of them(多数の中の一部分)なのではなく
オンリーワンなのです。
阿弥陀さまは、わたしひとりを救うために、ずっとわたしを喚び続けて下さっています。
絶えることなく、止まることなく。
これを親鸞聖人は正信偈の中で「大悲無倦常照我(だいひむけんじょうしょうが)」と
表現されております。
阿弥陀さまの大いなるお慈悲のお心は、絶え間なく、あくことなく、常に私を照らして
下さっているのだ、と。

ですから、お念仏とは、わたしが阿弥陀さまのことを想い念ずるお念仏でもありますが、
阿弥陀さまが、【わたし一人を】想い念じて下さるお念仏でもあるのです。
わたしは、思い立ったときしかお念仏しません。
しかし、阿弥陀さまは常に24時間365日、わたしがこの世に出て来る前から、ずっと
わたしの事を想い念じて下さっています。
お念仏とは「阿弥陀さまのお声を聞くこと」と言われる由縁です。

私たちのこの世での最後が、人生の中での一大事です。
でも既に救いの光が当てられ、そして救いの掌の中にある私たちは、そのまま救われて
いきます。
ですから何も怖れず、感染症や自然災害を正しく避け、お念仏申しながら、目一杯生き
抜くことが、日々の我々の大切なお勤めなのだと思います。

合掌

善教寺住職
釋 一心(西守 騎世将)







 


 
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