無明長夜の燈炬(とうこ)なり
智眼(ちげん)くらしとかなしむな
生死大海(しょうじたいかい)の船筏(せんばつ)なり
罪障(ざいしょう)おもしとなげかざれ

…正像末和讃
(註釈版聖典六〇六頁))

無明とは、智慧の無い煩悩に悩み苦しむこの私のことを指します。
そんな真っ暗闇の中を迷い生きる私の心を照らして下さるのが、阿弥陀さまの
救いの光。だから、智慧が無いから、無明でおろかな私だから…などと嘆き
悲しむことはないのです。
阿弥陀さまの起こされた本願は、迷いの大海に生きる私にとって、船であり筏
なのです。自分は罪深いからその海に沈むのだろうなどと、嘆くことは無いの
です。

さて、私は住職というお仕事の他に、ヘリコプターの飛行教官という仕事も
させて頂いています。普段はプロ・アマ問わず、パイロットを目指す訓練生
の方と一緒に飛び、指導をさせて頂いています。
そんな教育現場の中でいつも思うのは、「この訓練生は一体誰の為に飛んで
いるのだろうか?」ということです。

パイロットに成るには、国家資格ですので、学科試験と実地試験とがあります。
学科試験は当然ながら、飛ぶために必要な知識を有しているのか、を問われる
ものですし、実地試験はその技術などを問われます。
その実地試験では、様々な課目が定められていて、その課目を安全且つ確実に
実施出来るのか、で評価されます。わかりやすく言うと、自動車学校での車庫
入れや、クランク、S字カーブといった課目があるように、飛行するために
個々の課目があります。もちろん許される誤差、許容範囲もあります。
しかし、その課目一つ一つを繋げていくと、結局は安全に離陸し、安全に着陸
する、という一連の流れになっているのですが、訓練生の皆さんは、その課目
を安全確実に飛行してくれれば良いのに、なぜか教官である私や、試験官に
「褒められる」ことを求めて飛行します。
いわば「僕は上手でしょう?」という気持ちが全て飛行に表れているのです。

しかし、「飛ぶ」という行為には、その課目だけ出来れば良いのではなく、
速度、高度、出力、飛行姿勢の常時確認や、それ以前に周囲の安全確認、燃料
の残量や無線による管制官からの指示など、ありとあらゆることを把握して
「飛ばせて頂いている」のです。「お金払ったから飛べてる」ではありません。
つまりは、「僕、上手でしょう?」と言わんがために飛んでいる訓練生は残念
ながら自分のために飛んでいないのです。教官や試験官の評価のため、試験で
求められる課目のみをこなすために飛んでいます。ですから、この課目はなぜ
あるのか?すらもわかっていないのです。

なので、私はどんなに「僕、上手でしょう?」というフライトを見せられても
決して褒めません。彼らはいつも操縦桿を握っています。教官は横に乗ってただ
黙って見ているだけですので、ひょっとしたら訓練生の方が上手に飛ぶことも
あります。でも、私は決して褒めません。褒めたらいけないのです。
なぜなら、褒めた途端に急に崩れていってしまうのを今までたくさん見て来た
からです。

訓練現場では指摘し、指導し、時には叱ることもままあります。
そんな仕事をしながら、実はその反面こちらも訓練生から多くの事を学ばせて
頂いています。常に自分の教え方はこれでいいのか?訓練生のためになっている
のか?と自問自答します。訓練生が上手く飛べない時は、訓練生が悪いのでは
なく、教官である自分の教え方が悪いのです。訓練生が教官を叱ることはあり
ませんが、教官は自分で自分を心の中で叱ります。訓練生が暗に「お前の教え方
が下手だから出来ないんだ」と見せてくれています。
ですから、訓練生の資質で差が出るという考えは、教える側のエゴなんです。
百人いれば、百人違います。

阿弥陀さまは、そんな私たちを「そのまま」救って下さる仏さま。
「あなたは、あなたのままでいい。そのままでいいんだよ」といつも南無阿弥陀仏
というお念仏の中でそう言って下さっています。

だから私も訓練生に「あなたはあなたらしく、自分のために飛びなさい。人に褒め
られようとか、いい格好しようとか考えなくていい。ただ安全に自分の命をまもる
ことを大切にしてに飛びなさい」と、指導するようにしています。

阿弥陀さまは本当にいつも大切なことを教えて下さいます。
そんな智慧の無い暗闇で迷い苦しむ私にいつも救いの光を照らし、救いの船に乗せ
て下さる、そんな阿弥陀さまには感謝せずにはいられません。
だから今日も、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏とお念仏申すのです。

新型コロナウィルスにてお亡くなりになられた方々には心から哀悼の意を表します。
また、罹患され治療中の皆様には一日も早いご快癒を願っております。
大変な時期ですが、どうぞお身体ご自愛されますように。

合掌

善教寺住職
釋 一心(西守 騎世将)





 


 
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